ガラスの棺 第19話 |
一種の緊迫した空気が漂う中、一人楽しげに笑みを浮かべているものがいた。 「これは、まさにガラスの棺に眠る姫君だね」 今までこの事実を知らされていなかった人物は棺に触れながら感嘆の声を上げた。 金髪の青年、シュナイゼルは静かに眠り続けている弟、ルルーシュの美しい顔を穏やかな表情で覗き込んでいる。 「ふむ、これは普通のガラスではないね。強化ガラスかな?」 「超硬ガラスですよ。だからちょっとやそっとじゃ壊れる事はないです」 鋼鉄に匹敵するにもかかわらず、薄くて軽いこのガラスは生成が非常に難しい。 いや、現在の技術では不可能な棺にシュナイゼルも興味を覚え目を細めた。 この新生アヴァロンのためにもぜひ欲しい技術だねと、楽しげに口にした。 「なるほど、いつどこで誰がこのガラスの棺にルルーシュも入れたのだろうね。しかも君たちに気づかれることなく」 「それが解れば苦労しませんよ。大体目的だってはっきりしてませんからね」 ルルーシュの遺体を補完する目的。 こんな大掛かりな機械まで用意して、何故保存するのだろうか。 そんな事、解りきっているじゃないかとシュナイゼルは笑った。 「生前と変わらぬ姿でガラスの棺に保管されているのは、何もルルーシュだけではないだろう」 シュナイゼルの言葉に、全員の視線が向く。 「他にもいるんですか?」 ガラスの棺に入れられたものが。 周りが視線を向けてきた事に、シュナイゼルはやれやれとでも言う様に口を開いた。 「カプチン・フランシスコ修道会地下納骨堂内のロザリア礼拝堂に安置されているミイラは有名だよ。そこにあるガラスの棺の中には生前と変わらない姿で保管されている少女のミイラがある。2歳という若さで命を落とした少女はの父親が彼女の姿をそのままの状態で残したいと、その少女を腕の良い技術者に頼み、今で言うエンバーミング処置を施した」 あまりにも生前と変わらぬ姿のミイラに誰もが驚いたものだ。 彼女に施された死体防腐処理法は素晴らしい物で、今も当時の姿のまま眠り続けている。眠っているようにしか見えない彼女は時折まばたきをするという。 「生前と変わらない姿で保存したいと願った者が、ロイドたちの目を盗みこのようなオモチャを創りだした。まるで彼女の父親がそうしたかのようにね」 展示されているミイラなどはガラスのケースに収められているものが多い。 だが、それらとルルーシュを同列にしないで欲しいと、スザク達は不愉快そうにシュナイゼルを見た。 展示し保管するためのケースとは違う。 ルルーシュは地の底で眠っていたのだから。 「私はてっきり童話のガラスの棺のお話かと思ってました」 ミレイは幼いころに読んだ童話、ガラスの棺に閉じ込められた少女が救い出される物語を口にした。 「童話の方の姫君は、生きたまま入っていたからね。ルルーシュとは状況が違う」 「そうですよね・・・」 童話では、少女を手に入れるためにガラスの棺に閉じ込めた。 手に入れるのが目的なら、墓の下で眠らせているのはおかしいだろう。 「あと関係がありそうなのはC.C.ぐらいですが、まだ連絡がつきません」 もしかしたらギアス教団施設にこの棺があり、C.C.が独断で行ったという可能性はある。だから彼女と連絡を取ろうとしているのだが、未だに連絡がつかなかった。 「魔女殿の話は聞きたいが、今はルルーシュを移動させるのが先だろう」 既にステルス機能を使用し視認できなくしているが、それは長く持たないだろう。 見えない敵がいると知られた以上、対策をしてくる。 既にアッシュフォードからは離れたが、さてどこまで逃げられるか。 カグヤが動かした黒の騎士団がこの場に着いたのは、アヴァロンが移動を始めて5分ほど後だった。 その10分後にはこれはブリタニアによる宣戦布告だと扇はテレビを通して騒ぎ、ブリタニアとは関係ない、ゼロがいるのだからこれは黒の騎士団の、超合衆国からの宣戦布告だと主張するナナリーと争っているが、彼らは皆ミレイが示したモノがルルーシュの棺である事に気づいているため、気が気ではなかった。 何より、ミレイのあの発言。 彼らからすれば、ゼロはルルーシュだと言っているようなものだ。 もし初代がルルーシュだと知られれば、何が知られてしまうのだろうか。 もしかしたら、全てが知られてしまうのかもしれない。 ゼロを裏切り、暗殺しようとした事も含め、全て。 ルルーシュが記録を改ざんする事で逃れたフレイヤの罪も、全て。 悪逆皇帝の目的も、全て。 「超合衆国とブリタニアの口論は、そう長くは続かない。間違いなく彼らはこちらに牙を剥いてくるだろう」 シュナイゼルは指揮官席に座りながら確定された未来を告げた。 「そうでしょうか?現状では各国間の争いの方が重要ですから、ルルーシュ様の遺体は後回しになるのでは?」 流石にこの会話は録画しないのだろう。ミレイはカメラを閉じた状態でシュナイゼルに尋ねた。確かに彼らの心配は解るが、以前から戦争をしかねないほど険悪になっていた二国だ。これを機に何かしらの外交政策を取る事は考えられるし、ブリタニアが合衆国から神聖ブリタニアに戻った以上、戦争だってあり得る。 そちらが優先で、各国の緊張状態をどうにかした後で、ルルーシュの遺体に手を出すべきだし、そうでなければ国民も納得しないだろう。 だが、ルルーシュの棺の上に座っている罰当たりな騎士は、うんざりした表情でゆるく首を振った。 「残念ながら王家の墓を荒された時点で、各国が動き始めてしまった。今こうして闘いが続くのはルルーシュのせいだと、再び槍玉にあげようとしている」 「ルルーシュのって・・・死んでいるのに!?」 「ちょっと待てよスザク!それは流石に無いって!」 ミレイとリヴァルの声に、スザクは再び首を振った。 「ナナリーは生死の問題ではなく、その遺体が存在しているから争いが起きるという、よくわからない理由を口にしていたよ」 汚れた悪魔。 ルルーシュの手で世界は汚染された。 彼女はよくそういっていた。 汚染、だから浄化。 その遺体を、汚染の源を人々の目に晒した後、浄化の炎で清める。 骨も残らないほどの高温でその遺体を火葬するのだ。 それも、生中継で世界中に映像を流しながら。 「悪趣味な話ですねぇ」 ロイドはげんなりとした顔でつぶやいた。 「その主張をしているのは、ブリタニアだけですよね?」 セシルも不愉快そうに眉を寄せる。 残念ながらブリタニアだけではないため、スザクは首を振った。 「・・・カグヤの方は、荒御霊・・・簡単にいえば怨霊となったルルーシュの怨念が世界を荒廃させているから、丁重に祀る事でその怨念を断ち、反対に日本を守る柱にするって言ってたらしい」 強力な怨霊はその御霊を鎮めれば、強力な守護神へと姿を変える。 「柱?」 「日本では条件次第では人も神になれるんです」 人が神に。 そんな話聞いたことがないと、全員の視線がスザクにむく。 「先代までの天皇は現人神と言って、生きている時から神扱い。歴史に名を残した偉人も祀られている事がある。今回の場合は、今の世を混乱させているのはルルーシュの怨念だから、それを鎮めるために彼を祀るっていう主張をしている」 簡単にいえば、自分たちのやり方は一切変えず、全てをまたルルーシュのせいにし、この状態をリセットしようとしているのだ。そしてリセットするのは自分で、自分のおかげで世界は平和になったのだと言いたいのだろう。 もし、彼らが死体を望み通りに扱ったとしても、何も変わらない。 ただ、ルルーシュの遺体が辱められ、痛めつけられて終わるだけだ。 そんな当たり前のこともわからないのかと最初は皆呆れていたが、彼らの言葉に感化され同調する国が出始めていた。 「そんなことさせません。絶対に」 遺体が綺麗な状態だと知れば、彼らは目の色を変えるに違いない。 そんな姿で残っているから、世界は荒れているのだと。 冗談ではない。 「ルルーシュは、僕が守ります」 きっぱりと言い切ったスザクに、周りは呆れたように息を吐いた。 「違うでしょスザクくん。僕が、じゃないわよ。僕達が、でしょ」 「そうだぜスザク!ルルーシュがこれ以上貶されるのを見てられるかよ!」 「ええ、必ずやお守りしましょう、ルルーシュ様を!」 「絶対守る」 「誰がどんな意図でこんなことしたのかしらないけどさ、せっかく陛下が綺麗な姿でお休みになられているのを起こそうなんて、許す訳にはいかないよねぇ」 「当然です」 「ルルーシュ君はもう関係ないわ」 「私も、そんなことは許せない」 全員の意志は一つだった。 ルルーシュにこれ以上罪を押し付けさせるつもりはない。 静かに眠らせたい。 「では、決定だね。我らの王は、我々が守る」 全員が頷いた。 |